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名古屋高等裁判所 昭和30年(ネ)320号 判決

控訴人 原告 丸紅飯田株式会社 代表者取締役 市川忍

訴訟代理人 谷忠治 外一名

被控訴人 被告 平和生命保険株式会社 代表者取締役 武元忠義

訴訟代理人 田中一郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金百四十六万二千五百円及之に対する昭和二十七年十一月十四日以降完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

本判決は控訴人が金五十万円の担保を供するときは仮に之を執行することが出来る。

事実

第一、控訴代理人は主文第一乃至三項同旨の判決並仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

第二、当事者双方の事実上の陳述証拠の提出、援用書証の認否は左記に訂正又は補充する外原判決事実摘示と同一であるからここに之を引用する。

一、控訴代理人は

(1)仮に中野茂夫、三上重次郎に本件契約締結の代理権なしとするも中野茂夫は被控訴会社熱田支店次長であるから被控訴人は商法第四十二条により善意の控訴会社に対し契約締結代理権の存在しないことを主張することを得ないものである。

(2)被控訴会社の契約担当者の代理権有無の調査につき控訴人に過失なかりし事情として次の事実を追加主張する。即ち控訴会社従業員棚橋美智雄は被控訴会社から受取つた約束手形の印鑑照会のため手形を受取つた当日その支払場所たる株式会社帝国銀行上前津支店に出頭し被控訴会社の印鑑に相違なきことを確認した事実がある。

(3)被控訴会社は一流の保険会社として手広く営業をなし当時盛んに保険募集をなし東海地区(愛知、岐阜、三重、静岡)におけるその募集員社員従業員其の家族を含めば数百人の多数あり殊に夏服地とすれば洗い替も必要とし多少の予備をも考慮に入れれば本件綿ギヤバジンの数量は決して多量ではなく相当であるのみならず控訴会社社員が被控訴会社熱田支店において購入数量を確めたものであり数量は同支店の都合によるものであるから同支店が本件数量を購入するものとなすのは当然である。

(4)従業員の福利厚生のために物資を購入するのも手形行為をなすのも会社の目的の範囲内の行為である。而して、被控訴会社熱田支店次長中野茂夫は同支店長の記名印及印章を保管し被控訴会社のために之を保管すべき任務を有するものなるところ、右中野次長及三上係長は共謀してその任務に背きほしいままに右印章を使用して本件手形を作成し控訴会社に交付し被控訴会社から代金支払ある如く控訴会社名古屋支店員をいつわり本件服地を騙取しその代金に相当する損害をこうむらしめたものである。然らば右手形の作成物資の購入は被控訴会社の業務執行と認むべきであり被控訴会社は被用者たる右両名が被控訴会社の業務執行するにつき加えた損害を賠償すべきであると述べた。

二、被控訴代理人は

(1)右控訴人主張事実中中野茂夫及三上重次郎が夫々控訴人主張の如き被控訴会社熱田支店の役職のものであること、同人等が控訴人等主張の如く手形を偽造し控訴会社から本件服地を騙取したこと、控訴会社がその社員棚橋美智雄を被控訴会社熱田支店に派遣したことは之を認めるがその余の事実は之を争う。

(2)本件売買契約は三上重次郎がなしたものであつて中野茂夫は右契約成立後に之が完成に助力したものである。而して、中野次長は支店長を補佐する次長であり三上重次郎は外務員を指導監督する係長であり商法第四十二条に所謂営業の主任者たることを示すべき名称を附した使用人に非ざること明であるから同条の適用はない。尚本件契約は被控訴会社熱田支店の申込によつて成立したものではない。

(3)控訴会社はその社員棚橋美智雄を被控訴会社熱田支店に派遣して被控訴会社に契約締結の意思ありやをたしかめたと主張するが右は既に本件契約が成立した以後のことに属する。即ち、棚橋は本件売買契約が成立し本件約束手形を受取りたる後不審を抱き被控訴会社熱田支店に赴き中野次長に会見し契約成立の有無をたしかめたところ同人は既に三上等が偽造手形で本件綿ギヤバジンを引くことを知つていたので同人等の行為を援助するため被控訴会社が服地を購入することを肯定したものである。

(4)不法行為の主張に対し被控訴会社は生命保険事業を営むことを目的とする法人であつて多量の綿ギヤバジンを買入れるが如き行為は被控訴会社の目的の範囲外の行為であり、従つて、三上等が綿ギヤバジン七千五百ヤールの売買契約をなし之が代金支払のため被控訴会社熱田支店長名義の約束手形を振出したとしても之を被控訴会社の事業の執行行為となすことが出来ない。仮に右手形行為が被控訴会社の業務に属するとしても本件手形の原因関係は被控訴会社の一係長に過ぎない三上重次郎が被控訴会社の業務の目的に属せず従つて、業務執行とは絶対に認めがたい綿ギヤバジン七千五百ヤールという大量の服地買入代金のために振出したものであつて右売買が被控訴会社の業務の範囲に属せず従つて業務の執行と認められない以上之が代金支払のため振出された手形の振出行為も被控訴会社の業務執行となすことが出来ない。仮に然らずとするも業務執行と認められるためには被控訴会社の事業執行上当然なすべき必要によつてなしたものなること、又業務執行上通常起り得べき行為によつてなされたものであることを要する。然るに、被控訴会社はその定款所定の目的事業遂行上約束手形を振出す必要なく、而も本件約束手形は三上重次郎が控訴会社から綿ギヤバジンを騙取する目的で振出した偽造手形であつて犯罪行為に関するものであり且前記の如く多量の服地売買代金支払のために偽造発行して交付したものであることが明白である以上被控訴会社の業務執行のためであるとなすことが出来ない。のみならず本件商談は被控訴会社の一係長がなしたものであり且契約締結並手形授受につき被控訴会社熱田支店長林一二と面接し売買契約並本件手形の真否につき確かめる等の注意を全然していない。僅かに中野茂夫に問合せた形跡はあるが本件手形の交付を受けた後であり而も中野茂夫は三上と詐欺の共犯である。されば、本件契約締結並手形取得につき控訴人側に重大なる過失あり且被控訴会社熱田支店長と一回も面接しなかつたことと契約締結及手形授受が被控訴会社で行われなかつたことと相まつて被控訴会社の業務執行につきなされたものということが出来ない。仮に被控訴会社に民法第七百十五条の責任ありとするも本件損害は三上及之と共謀した三木、原等が売買名義の下になした詐欺事犯により控訴人のこうむつたもの即ち被控訴会社の被用者三上等の犯罪行為に原因するものであつて同人等の騙取した綿ギヤバジン七千五百ヤールに対する出荷指図書はいずれも直接三木益三に交付せられ同人がその大半を取得しているものであるからその損害額の半額は三木並原に請求すべきものでありその全額を被控訴会社に請求するのは失当であると述べた。

三、控訴代理人は右被控訴人主張事実はすべて之を争うと述べた。

四、立証

控訴代理人は甲第七乃至九号証を提出し証人棚橋美智雄、同仲山納の尋問を求め乙第八乃至二十三号証同第二十五乃至二十七号証の成立を認め、被控訴代理人は乙第八乃至二十三号証、同第二十五乃至二十七号証を提出し証人中野茂夫、同青木茂、同笹岡俊平の尋問を求め甲第七乃至九号証の成立を認めた。

理由

控訴会社が繊維製品の販売を業とする会社であり被控訴会社が生命保険業を目的とする会社であること、控訴会社が昭和二十七年六月二十七日綿ギヤバジン七千五百ヤールを代金百四十六万二千五百円の約にて売渡したことは当事者間に争がなく右売買契約が三上重次郎及中野茂夫が共同して代理人となつて被控訴会社との間に締結せられたものであつて被控訴人主張の如く三上重次郎のみが締結したものでないこと後記認定の通りである。

被控訴人は生命保険業を目的とする被控訴会社が右の如き大量の繊維品の取引をなすのは目的の範囲外の取引であるから右契約は無効である旨抗争するから此の点について判断する。被控訴会社が生命保険業を目的とする会社であることは前記の通りであるが、右の目的を達するため客観的抽象的に観察して必要な行為はすべて会社の目的の範囲内従つて会社の行為能力の範囲内のものといわねばならない。而して、生命保険会社と雖も従業員の福利厚生のために繊維品の購入をなすこともあり得ることであつて敢て怪しむに足らない。只その数量が会社の規模と比較してあまりに多量に上るときは会社の目的の範囲内の行為ということが出来ないこと被控訴人主張の通りといわねばならない。本件の場合において当審証人青木茂、同笹岡俊平、原審証人棚橋美智雄(第二回)の各証言によれば被控訴会社の従業員は本支社を合せると昭和二十七年頃は約六百五、六十名に達し之に外務員を合せると相当の数に上ること、前記綿ギヤバジン七千五百ヤールは千着分以上に相当すること夏服とすれば洗替のため一人二、三着を必要とすることも考えられること、並被控訴会社が熱田支店を通じて其の他の本支店の従業員の分をも合せてその福利厚生のため一括して繊維品の購入することもあり得ることが認められ他に右認定を左右するに足る証拠がない。されば前記認定の如き数量を以てしては未だ会社の目的の範囲外の行為としてその行為能力を否認することが出来ないものといわねばならない。従つて被控訴人の右主張はその理由がない。

次に、被控訴人は本件は代理権なくして締結されたものである旨抗争しているからこの点について判断する。成立に争のない甲第六号証、乙第十八、十九号証、同第八号証(同第二十六号証)、同第九号証、同第十号証(同第二十五号証)、同第二十七号証によれば被控訴会社の熱田支店は同会社の他の支店と同様、保険契約の募集、保険料其の他保険契約に基く金銭の授受保険金及解約払戻金の支払、被保険者の選択及保険契約の締結、代理店の監督、支店の備品、事務用品等の買入(代金額三百円から五百円程度の小額のものに限る。高額のものは特に本店の承認を必要とする。)等の業務を遂行し支店長林一二は同支店の主任として支店の事務を統轄し支店職員を指揮監督して右業務を遂行する職務に従事し同支店次長中野茂夫は支店長を補佐しその指揮監督を受けて支店の業務を行い支店長事故あるときは当然支店長の職務を執行する職務に従事し同支店係長三上重次郎は支店長等の指揮監督を受けて外務員の指揮監督をなしていたこと(中野茂夫が支店次長、三上重次郎が支店係長であることは当事者間に争がない。)並林支店長はその業務の殆んど全部を中野次長にまかせ支店備付の記名用印、支店印、支店長印も同人に保管させていたこと、並支店長の権限に属する事項については被控訴会社も支店長が其の不在等差支ある場合は次長係長に復代理をなさしめる権限を認めていたことを認めることが出来る。然しながら右認定の如く支店長の契約締結の権限は小額のものに限られ本件の如き高額の取引をなす権限は一般的には認められていなかつたものといわねばならないから本件取引を締結する代理権限は中野及三上は勿論支店長にもなかつたものといわねばならない。

控訴人は或は中野茂夫は商法第四十二条に該当するものであるとなし或は被控訴会社熱田支店長は同条項に該当するものであり、中野は同支店次長として支店全般の業務につき支店長を補佐し支店長の職務を行うものであり三上は同支店係長として支店長の命により之を輔佐するものであるから右両名が被控訴会社熱田支店長名義を以てなした本件契約につき到底責を免れることが出来ないし仮に支店長の代理権に制限を加え支店長が本件契約の締結をなす権限を有しないとしても右制限は善意の第三者に対抗し得ないものであると抗争するが本件契約は後記認定の如く中野茂夫及三上重次郎の締結したものであり同人等は被控訴会社熱田支店次長及係長であること前記の通りであるから商法第四十二条に該当するものではなく又被控訴会社熱田支店長は本件契約の締結につき何等関係のなかつたことは成立に争のない乙第八号証(同第二十六号証)、同第九号証、同第十号証(同第二十五号証)、同第二十一号証に照し明であるから控訴人の右主張はその理由がない。

控訴人は更に本件契約は民法第百十条に所謂表見代理であるから有効である旨主張するから此の点について判断する。林支店長が限られた限度においてではあるが物品買入の権限並保険契約の締結等の代理権限を有しその権限については包括的に次長である中野にまかせていたこと、被控訴会社もその支店長がその権限内に属する事項につき前記の如く支店長差支ある場合は次長係長に復代理をなすことを承認していたと認められることいずれも前記認定の通りである。そこで本件契約は中野等がその復任権を超えて締結したものと認むべきであるから更に進んで契約の相手方たる控訴会社が中野に本件契約締結の代理権ありと信じたりや又信ずるに正当の理由ありや否やについて検討する。

原審証人棚橋美智雄(第一、二回)の証言、同証言により成立を是認すべき甲第一、二号証の各一、二、当審証人棚橋美智雄、同中野茂夫の各証言(いずれも後記措信せざる部分を除く)、成立に争のない甲第三号証、同第四号証、乙第三号証の一(同第二十三号証)、同第二十七号証、同第十号証、同第十七号証によれば前記三上重次郎は同人自身及被控訴会社熱田支店の保険募集成績をあげるため昭和二十七年一月頃からひそかに虚偽架空の保険契約を仮装しその契約が真実に存在するものの如く装つて報告する様な行為をしたため右契約に基く保険料支払のために多額の負債を生じ金融に苦慮するに至り資金調達の方法として被控訴会社熱田支店長名義を冒用した偽造手形を発行してその割引名義の下に金策し或は右手形によつて物品を買入れ之を現金化してその穴埋をなさんとしていたこと、三上は昭和二十七年六月頃右目的を達するため株式会社大功の三木益三等を介して控訴会社から綿ギヤバジンを引く下相談を進め被控訴会社熱田支店責任者三上重次郎とした被控訴会社熱田支店から株式会社大功宛の注文書を作成するに至つたが控訴会社は株式会社大功の信用状態に疑念をもつたため被控訴会社と直接の取引をなすため昭和二十七年六月頃控訴会社従業員棚橋美智雄は被控訴会社熱田支店に直接出向いて契約締結の真偽をただすこととなつたこと、(棚橋美智雄が被控訴会社熱田支店に派遣されたことは当事者間に争がない。)当時既に三上重次郎と共謀していた中野次長は支店長不在であつた為め自ら右棚橋に面接し被控訴会社と控訴会社との直接取引となすことを承認し同時に被控訴会社は従業員の福利厚生のために服地を買受けるものなること、代金は縫製して現品を従業員各本人に交付した後本人から支払を受けて支払うから支払期日を四十五日先の手形にして貰いたい、尚数量の多いのは熱田支店のみならず東海地区の支店等の従業員等にも配給するものであるからであると虚構の事実を告げて同人を信用せしめ結局控訴会社をして本件契約締結を決意するに至らしめたこと、ついで三上重次郎は既に偽造した被控訴会社熱田支店長名義の金額百四十六万二千五百円、満期昭和二十七年八月十日、支払場所株式会社帝国銀行上前津支店とした約束手形と引換に本件綿ギヤバジン七千五百ヤールの出荷差図書二通を受取つたこと、棚橋美智雄は右手形を受取ると共に帰途直ちに右手形の支払場所たる帝国銀行上前津支店に赴き手形に押捺されている印鑑が銀行届出の印鑑なることを確めたこと、その後手形の満期に支払の延期を求められたので控訴会社は之を承諾し同年八月十六日まで延期しその旨の書換手形の交付を受けたことを認めることが出来る。尤も前記乙第十号証末尾添附の書面によれば帝国銀行上前津支店に届出られた印鑑は林支店長の私印であるが如くであるが右乙第十号証によればその後支店印支店長印が届出でられ甲第二号証の一、二(前記手形)にも右支店印支店長印が押捺されていることが認められるから右添附書類によつては前記認定をくつがえすに足らずその他右認定に反する当審証人中野茂夫、同棚橋美智雄の各証言部分乙第二号証の二の記載部分は措信せず他に右認定を左右するに足る証拠がない。而して右認定事実によれば中野次長及三上重次郎が共同して被控訴会社の代理人名義を以て本件契約を締結したものと認むべきであり且前記認定事実と中野及三上が被控訴会社熱田支店次長及係長である事実並当審証人棚橋美智雄、中山納の証言によつて認め得る如く控訴会社は当時官庁、会社等より其の職員の福利厚生のため職員用の衣料品等相当まとまつた数量の注文を受けたことがしばしばあり、本件においても控訴会社熱田支店長不在のため其の次長たる中野茂夫と直接面談し其の用途、数量、代金支払方法等をたしかめた上で契約に応じたものであることを綜合して考察するときは控訴会社が本件契約を締結するに当り中野等が被控訴会社の代理人と信じ且かく信ずるにつき正当の事由があるものといわねばならない。中野等の行為が犯罪を構成するからといつて右判断を左右するものではない。被控訴人は棚橋美智雄が被控訴会社熱田支店に派遣されたのも手形の印鑑の照合をなしたのも本件契約成立後であると主張するが棚橋美智雄が派遣されたのは契約締結後であることを認めるに足る証拠はない。又手形の印鑑照合をなしたのは出荷指図書引渡の直後であることは前記認定の通りであるが、その時に印鑑が相違することが判明すれば直ちに出荷の差止をなす等適当の手段をとり得ることは条理上当然であるから之を以て控訴人の過失となすことが出来ない。されば、本件契約は有効であるといわねばならないから爾余の争点につき判断するまでもなく被控訴人は控訴人に対し百四十六万二千五百円及之に対する本件訴状送達の翌日たること記録上明なる昭和二十七年十一月十四日以降完済に至るまで商法所定の年六分の割合による損害金を支払うべき義務があるものといわねばならない。

以上の理由により右と異なる原判決は之を取消し民事訴訟法第三百八十六条、第八十九条、第九十六条、第百九十六条を適用し主文の如く判決する。

(裁判長裁判官 県宏 裁判官 奥村義雄 裁判官 中谷直久)

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